創傷治癒過程は出血凝固期、炎症期、増殖期、再構築期から構成される。熱傷でも概ね同じ構成であるが、熱傷ではこれに加え、不可逆的な変化を来した凝固帯、可逆的な変化に止まるうっ血帯、自然に回復する充血帯の分類が重要視されている。うっ血帯が凝固帯に進行することを熱傷の拡大とよび、熱傷の拡大を抑えることが治療の要である。熱傷に限らず創傷治癒過程には血流が重要とされており、熱傷拡大の原因としても血流不全が挙げられるが、バトロキソビン(BTX)はBothrops moojeni蛇の毒素由来トロンビン様酵素であり、下肢虚血マウスモデルに対して血管新生促進による血流改善効果が報告されている。しかし、熱傷を含めた皮膚創傷治癒過程におけるBTX投与の影響は不明である。また、確立された動物熱傷モデルはない。
本研究では至適な熱傷マウスモデルを検討し、そのモデルを用いて、熱傷治癒におけるBTXの影響を明らかにすることを目的とした。
野生型 (WT) マウス (C57/BL6J) の背部皮膚に径5mmの円形の熱傷を4箇所作成した。先行研究を参考に熱傷作成方法として60℃・10秒と90℃・10秒とを施行し、病理学的解析にて両モデルの比較・検討を行なった。至適なモデルの確立後、同モデルに対して生理食塩水(対照群)またはBTX(30BU/kg)を創作成日から摘出前日まで連日腹腔内投与を行なった。その後、各タイムポイントの創を回収し、熱傷創の面積、血流、病理学的解析、サイトカイン、ケモカインおよび増殖因子の測定を行った。また、創部から白血球を採取し、両群間で好中球、マクロファージ、リンパ球の集積を比較検討した。
作用温度90℃の熱傷モデルにて安定した皮膚全層熱傷を認め、作用温度90℃の熱傷モデルを用いて本実験を行った。対照群と比較し、BTX投与により3, 5, 7, 10日目で熱傷面積が有意に小さく、上皮間距離は5, 7日目で有意に短かった。また、BTX投与群で5, 7, 10日目のCD31陽性血管数とS100A4陽性線維芽細胞とに有意な増加を認めた。αSMA陽性筋線維芽細胞の面積に有意な差はなかった。増殖因子においてはBTX投与により、bFGFで1, 5, 7, 10日目、EGFで3, 7日目に有意な増加を認めた。炎症性サイトカインであるTNF-αでは3, 5日目に有意な発現低下を認めた。低酸素マーカーであるHIF-1αでは5, 7日目でBTX投与による有意な低下を示し、活性化酸素発生酵素であるNOX2の発現は1日目で有意に低かった。創部の総白血球数に有意な差を認めなかった。
ヘビ毒由来酵素バトロキソビン投与により熱傷治癒過程が促進された。治癒の促進には血流の促進作用と抗炎症作用による熱傷拡大の抑制と、bFGFやEGF, CCL5の産生を介した創傷治癒過程そのものの促進が寄与していることが示唆された。
マグネシウムは適した強度を有する金属でありながら、生体内で水と反応し水素ガスを発生しながら分解し消失するため、理想的な骨接合材となる可能性がある。一方で、生体内では埋植部位や環境に応じて腐食分解挙動が異なり、生体内では出血が腐食に影響を及ぼす可能性が考えられるが、その機序については未だ解明されていない。不適切で予期せぬ腐食は骨癒合前の骨接合材の破損につながるため、生体内腐食速度を適正化するための技術開発が不可欠である。腐食速度を適正化するためにリン酸カルシウムによる表面修飾法が注目されているが、詳細なメカニズムと出血下での有効性については明らかにされておらず、臨床応用に向けた開発と発展には、これら未解明な知見を得ることが不可欠である。
In vitro、In vivoで純マグネシウム試料(未処理群)とブルシャイト皮膜処理マグネシウム試料(皮膜処理群)による浸漬、埋植実験を行い、マグネシウムの腐食速度と腐食に伴い析出する不溶性塩の構造、組成を多面的に解析することで、不溶性塩形成機序および生体内腐食速度の適正化に向けた知見の獲得を目的とした。
φ1 × 6 mm形状の未処理群と皮膜処理群で浸漬を行なった。浸漬溶液はリン酸二水素ナトリウムとクエン酸によりpHを5.0、6.2、7.0に調整し、塩化カルシウムを添加してカルシウム濃度を10 mg/dlになるように調製した。pH5.0の溶液では、カルシウム濃度が50 mg/dlの溶液も作成し4群で浸漬試験を行った。浸漬後の試料を回収し、重量減少量について定量分析を行なった。In vivo実験では、ラット大腿骨近傍に試料を埋植し(無血腫下)、出血による影響を検討するため、腿骨にφ1.6 mmの骨孔を穿ち出血をさせた環境(血腫下)に埋植した群と比較検討を行なった。埋植後のガス空隙形成の評価のために、マイクロCT撮影を行い分析した。不溶性塩の表面構造と断面構造について、走査電子顕微鏡、エネルギー分散型X線分析、ラマン分光法を用いて解析した。不溶性塩の構成元素の解析のため、誘導結合プラズマ質量分析を行い、マグネシウム、カルシウム、リンの定量分析を行なった。さらに埋植後大腿骨の脱灰標本を作成し、破骨細胞に及ぼす影響について組織学的分析を行なった。
In vitro浸漬実験ではpHが低いほど腐食が促進され、カルシウム濃度が高いほど腐食が抑制された。In vivoでは未処理群、皮膜処理群ともに血腫下では腐食速度が促進し、不溶性塩析出量が有意に増加することが確認された。皮膜処理群では血腫下でガス空隙形成が抑制される傾向が見られた。エネルギー分散型X線分析による表面元素分析では、血腫下の有無により元素分布が異なり、表面構造に影響を及ぼすことが確認された。誘導結合プラズマ質量分析では、未処理群は血腫の有無に関わらず埋植期間に依存してマグネシウム、カルシウム、リンの析出量が増加したが、皮膜処理群ではカルシウムは埋植期間に比例せずに増減した。ラマン分光法では未処理群では血腫によりリン酸塩の析出が遅延するが、皮膜処理群では早期にリン酸塩の不溶性塩が析出することが確認された。病理組織学的分析では、血腫下で破骨細胞の誘導があり、試料の埋植により破骨細胞の誘導に影響を与えることが確認された。
マグネシウムの腐食はpHとカルシウム濃度に影響し、生体内では血腫により腐食が促進された。ブルシャイト皮膜処理は腐食に伴うガス発生を抑制し、埋植早期に安定した不溶性塩を形成することが示唆された。生体におけるマグネシウムの腐食挙動を分析する際には出血の影響を考慮する必要があり、ブルシャイト皮膜処理は抗腐食処理として有用で臨床応用に向けた重要な技術となるものと考える。