業績・研究

学位論文 Thesis

 

学位論文(2006)

表皮細胞と脂肪細胞の対虚血耐性に関する比較研究 ~72-kd Heat-Shock Protein の発現形式からみた差異~
東北大学大学院医学系研究科(博士課程)医科学専攻 外科病態学講座形成外科学分野
今井 啓道

【研究背景】

表皮細胞は、植皮術などの経験から他の細胞に比べて虚血に対して非常に高度な耐性を有している事が知られている。一方、同じく皮膚の構成組織である脂肪細胞は虚血に対して脆弱である。近年、微小血管吻合を用いた自家遊離複合組織移植術の進歩により皮膚・皮下組織を含んだ複合組織を他部位に移植する事が盛んに行われるようになり多くの患者を救っているが、長時間虚血による脂肪層の萎縮はその治療結果を損なう事があるできれば避けたい合併症となっている。また最近、同種上肢移植も報告され、これまですでに同種移植がおこなわれている心臓や肝臓、腎臓などと同様に、表皮組織・皮下脂肪組織を含めた皮膚組織の対虚血反応に関する研究の重要性が高まっている。しかし、これまでこれら皮膚構成組織の対虚血耐性に関わるメカニズムについての研究はなされていない。このメカニズムを明らかにするために我々は72-kd heat-shock protein(HSP72)に注目した。HSP72は虚血ストレスをはじめとする各種ストレス下に細胞内に発現するストレスマーカーとして知られている。最近の研究においてHSP72はいわゆる“molecular chaperone”として細胞内に発現し、ストレスから細胞を防御する機能があることが明らかになってきた。神経細胞などでは、HSP72の経時的発現形式が“molecular chaperone”としての役割を果たせるかどうかに関連し、その細胞の虚血耐性に関わっている事が証明されている。そこで今回我々は、HSP72の“molecular chaperone”としての働きが表皮細胞の持つ虚血耐性と関連しているのではないかという仮説をたて、一過性虚血後の表皮細胞と脂肪細胞のHSP72の発現形式を比較検討した。

【研究方法】

Wister ratの腹部皮弁を用いて検討した。実験群として、sham対照群(n=27)、2時間虚血群(n=25)、8時間虚血群(n=25)を準備した。再還流後、8時間、24時間、48時間、96時間、7日後に表皮細胞と真皮下脂肪細胞の組織学的変化と細胞数の変化を検討し、HSP72に対する免疫組織化学染色を行った(各時点でn=5/群)。Sham 対照群の内2匹は皮弁を挙上と同時に採取し固定し、手術ストレスのかかっていない標本とした。

【研究結果】

脂肪細胞は、sham対照群ではHSP72の発現は見られず、7日目の細胞は生存していた。2時間虚血群では緩徐で持続的な発現が認められ、7日目の細胞は生存した。8時間虚血群では再還流後8時間にのみ一過性の発現を認め以降発現せず、7日目の細胞は細胞死を生じていた。この結果は神経細胞などの結果と類似していた。一方、表皮細胞は非常に特異的な発現形式を示した。つまり、すべての実験群で、虚血ストレスに関わりなく持続的にHSP72を発現していた。結果、表皮細胞は7日目でも生存していた。

【結論】

本研究において、脂肪細胞と表皮細胞は大きく異なるHSP72の経時的発現形式を持つ事が示された。そして、その経時的発現形式と細胞の対虚血耐性には関連がある事が示された。脂肪細胞は虚血ストレスによりHSP72の発現が誘発され、持続発現可能な程度の虚血ストレスの場合、細胞は対虚血耐性を示す事が可能であった。一方、表皮細胞は常にHSP72を発現しており、脂肪細胞がHSP72を持続発現できない強度の虚血ストレスにおいてもHSP72を持続発現する事が可能で細胞は対虚血耐性を示した。つまり、表皮細胞では脂肪細胞と比べてより強いストレスに対してもHSP72が“molecular chaperone”として有効に機能できるように準備されていることが示唆される。この現象は、ストレスに弱い内的環境にある脂肪細胞などを外的環境からのストレスから隔てる役割のある表皮細胞に必要で特化したメカニズムではないかと考えられた。

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