業績・研究

学位論文 Thesis

 

学位論文(2013)

マウス下肢動脈解剖に基づいた下肢虚血モデルに関する研究
東北大学大学院医学系研究科(博士課程)医科学専攻 外科病態学講座形成外科学分野
髙地 崇

近年,重症下肢虚血に対する救肢を目的とした新しい治療戦略として,遺伝子治療や細胞療法,衝撃波療法などの血管新生療法の開発が進められている.血管新生療法の治療研究においては手術的に作製した動物下肢虚血モデルが用いられる.特にマウスはコストや遺伝的背景などから有用性が高いため広く用いられ,虚血モデル作製法も数多く報告されている.

治療研究において良好な結果を得るためには,適切な動物モデルや介入部位,評価方法などの実験デザインが必要であり,そのためには,血管解剖と虚血肢における血流動態を正しく把握することが重要であるが,その基礎となるマウス下肢血管解剖は詳細に検証されていないのが現状である.本論文は,今後の血管新生療法研究に役立てるため,まずマウス下肢動脈解剖を明らかにし,それを踏まえて,最適なモデルおよび治療介入部位・評価方法を選択するための指針を示したものであり,全4章からなる.

第1章は緒論であり,本研究の背景,目的および構成を述べている.

第2章ではマウス下肢動脈解剖を詳細に観察して各動脈の走行および分布を観察し,所見を写真に記録して提示した.これまで大腿動脈を中心とした単純なものととらえられてきたマウス下肢動脈解剖は,実際には複数の動脈が立体的に配置された複雑なものであることがわかった.特に,これまで多くの報告において「深大腿動脈」と呼ばれてきた動脈の分布は大腿内側浅層に限局しており,深部に真の「深大腿動脈」と呼ばれるべき動脈が存在することを明らかにした.また,下肢虚血モデルにおいては大腿四頭筋,大腿二頭筋および大腿内側の筋群を介した3つの側副路が存在することを明らかにし,それぞれに連結する近位・中間・遠位の動脈路を示した.さらに,虚血モデルデザインに際して指標となる解剖学的部位を示すとともに,anatomical variationによる個体差を避けるために温存するべき部位を提示した.

第3章では,第2章で得られた解剖知見をもとに,9種類の下肢虚血モデルを作製し,それぞれの壊死範囲と末梢血流回復経過を比較した.その結果,末梢循環には,一般に最も主要な側副路と考えられていた近位後大腿動脈‐伏在動脈の経路よりも,大腿四頭筋・大腿二頭筋を介した経路の方が重要な働きをしている可能性が示唆された.一方,末梢の壊死範囲には,急性期における伏在動脈血流の寡多が強くかかわっているものと考えられた.また,モデル作製術式のデザインによって,大腿四頭筋における血管増生(arteriogenesis)の局在を制御し得ることを示した.側副路における血管増生は,動脈閉塞による血流減少部位よりも近位に生じるが,その機序についての考察から,治療実験において介入部位に選択するべき部位と血管増生が観察される部位とは密接に関係していることが示唆された.以上より,急性期の壊死範囲で評価する場合と,回復経過や慢性期の末梢血流で評価する場合とでは,それぞれ異なるモデルを選択するべきであり,また,治療介入部位は,それぞれのモデルにおける側副血流動態を十分に考慮した上で選択する必要があると考えられた.

第4章は結論である.

以上,本論文では,マウス下肢虚血モデルの作製法と虚血肢における血流動態を考える際の基礎となる動脈解剖,および治療実験に用いるモデルデザイン・治療介入部位・評価方法の選択における考え方を示した.これらの知見は,マウス下肢虚血モデルをデザインする際の助けになるばかりではなく,将来にわたって実験デザインや実験結果の理解や検証の土台となり,虚血肢に対する血管新生療法の開発に寄与するものと思われる.

ラット下肢同種移植モデルにおける関節軟骨の急性拒絶反応に関する研究
東北大学大学院医学系研究科(博士課程)医科学専攻 外科病態学講座形成外科学分野
澁谷 暢人

【背景】

近年、顔面や四肢の外傷性広範囲欠損に対して顔面移植や手移植をはじめとした同種複合組織術が臨床的に行われている。これらの成功の背景としてはマイクロサージェリー技術の進歩や免疫抑制療法の目覚ましい発展が挙げられるが、同種複合組織では他臓器よりもいっそうの、安全な長期生着が望まれる。しかし拒絶反応メカニズムそのものは未だ解明されていないところが多く、複合組織移植においては各組織ごとに免疫反応が異なっているため、それぞれの組織についての検討が必要である。特に軟骨組織はこれまで拒絶反応を起こさない組織として認識されてきた。実際、海外では臨床上、関節リウマチや外傷性軟骨欠損に対して同種骨軟骨移植術が行われており、長期的に良好な結果を残している。しかしその中でもgraft failureは散見されており、移植時の物理的ストレス、保存時の凍結ストレスが原因とする報告はあるものの、拒絶反応に言及したものは少ない。今回我々は膝関節軟骨の免疫特性について、物理的ストレス、凍結ストレスを除外したラット下肢同種複合組織移植モデルを用いて軟骨組織における拒絶反応の有無、およびそのメカニズムを検証した。

【方法】

実験群としてminor mismatchの関係にあるFisher344とLewisのラット同種下肢移植、および対照群としてLewisラット同士のラット下肢同系移植を行った。これらの群に対して拒絶反応の指標として軟骨細胞の経時的なapoptosisの発現を検討するためTUNEL法および透過型電子顕微鏡による超微形態学的評価を行った。さらにapoptosisの経路としてcaspase-3の免疫組織学的染色法、およびLaser Captured Microdissection法により軟骨細胞を抽出、quantitative real-time PCR法にてcaspase-3の遺伝子発現を検討した。また拒絶反応に関与するとされているHSP70、HSP60について免疫組織化学染色法にて経時的局在変化を検討した。

【結果】

同種移植群において術後7日目に有意にTUNEL陽性細胞の増加が認められた。また術後12日目には電子顕微鏡下に軟骨細胞の核濃縮が認められ、同種移植群において経時的な軟骨細胞のapoptosis増加を認めた。Caspase-3は同種移植群において術後7日目に陽性率の増加が認められたが、caspase-3の遺伝子レベルにおいては術後7日目以降減少していた。HSP70、HSP60については同種、同系移植群共に有意な変化は認められなかった。

【考察】

これまで軟骨組織は細胞外基質に守られ、拒絶反応を起こさないとされていた。しかし本研究により軟骨組織でも術後軟骨細胞のapoptosisの増加が認められることから、移植後かなり早い段階で拒絶反応が起きていると考えられる。これらの反応にはcaspase-3が関与しており遺伝子レベルにおいてはより早い段階で変化が起きている可能性が示唆される。しかしHSP70、HSP60の増加が認められないことから、他臓器のような抗原提示細胞によるcross-presentationが起きているわけではないと考えられ軟骨組織の特殊性が認められた。

【結論】

同種複合組織移植において軟骨組織でも拒絶反応が起きていることが本研究により初めて示唆され、その反応にはcaspase-3を介した経路が関与している。さらに拒絶反応のメカニズムを解明することにより同種骨軟骨移植術、同種複合組織移植術の更なる成功へつながると考える。

学位論文(年度別)