業績・研究

学位論文 Thesis

 

学位論文(2018)

プロテインホスファターゼ6型機能不全はK-rasG12D誘発皮膚腫瘍形成を増悪させる
東北大学大学院医学系研究科医科学専攻 外科病態学講座形成外科学分野
黒沢 是之

【目的】

セリン/スレオニンプロテインホスファターゼ6型(PP6)の触媒サブユニットをコードするPpp6cはヒトを含む真核生物に広く保存されている。近年、Ppp6c変異がヒト悪性黒色腫や基底細胞癌で高率に存在し、悪性黒色腫ではB-rafまたはN-ras変異とPpp6c変異の2重変異を有する症例が全症例の約10%に存在することが示された。そこで本研究ではN-rasと同じファミリーに属するK-rasの変異型発現を誘導するケラチノサイトの腫瘍形成における、Ppp6c欠損(PP6機能不全)の影響を検討した。

【方法】

皮膚表皮組織の基底細胞で特異的にK-rasG12Dが誘導発現するマウスと、K-rasG12Dの誘導発現に加えてPpp6cの欠損も誘導可能な2重変異マウスを作製し、腫瘍形成過程を比較した。

【結果】

2重変異マウスではきわめて早期に口唇、乳頭、外生殖器、肛門、手足にpapillomaを形成し、その一部にはsquamous cell carcinomaの局在を認めた。免疫組織化学的検査を加えた検討ではK-rasG12D誘導発現マウスと比べて2重変異マウスでは細胞周期の亢進と細胞サイズの増大を認めた。さらに2重変異マウスではERKのリン酸化増加は認めなかった一方で、AKTのリン酸化とAKTシグナル経路の下流に位置する4EBP1、S6、GSK3のリン酸化増加が認められ、タンパク合成の亢進とアポトーシスの回避が示唆された。また2重変異マウスではサイトケラチン14陽性細胞の分布に変化を認めたことからケラチノサイトの分化異常も示唆された。さらにγH2AX陽性細胞が増加していたことからDNA修復の障害も示唆された。

【結論】

以上のことから、Ppp6cが欠損するとAKTシグナル伝達経路が選択的に活性化し、変異型K-rasによる腫瘍発生と腫瘍増大、および悪性化のいずれもが促進されることが示された。

皮膚創傷治癒過程におけるDectin-2の役割に関する研究
東北大学大学院医学系研究科医科学専攻 外科病態学講座 形成外科学分野
三浦 孝行

【目的】

人類と真菌の関わりは古く、キノコや酵母は重要な食料であった上に、近年では治療目的に真菌が活用されている。カンジダ属は常在真菌として健常な皮膚や粘膜などに存在し、健康に害を及ぼすことが少ない一方で、免疫力が低下した患者では命を脅かす重篤な病態を引き起こすことがある。真菌の細胞表面に存在する各種の物質PAMPs (pathogen-associated molecular patterns) とそれらを認識するPRRs (pattern recognition receptors) の働きが明らかとなってきており、感染防御機構の解明や新薬の開発に貢献している。近年、真菌の細胞壁を構成するβ-グルカンとそれを認識する受容体Dectin-1の働きが、創傷治癒を促進するという報告がされている。真菌の細胞壁にはα-マンナンも多く存在するが、それを認識するDectin-2が皮膚創傷治癒に与える影響はまだ明らかにされていない。本研究では、創傷治癒過程においてDectin-2が果たす役割について解明することを目的とした。

【方法】

野生型 (WT) マウス (C57BL/6) とDectin-2 遺伝子欠損 (KO) マウスの背部皮膚に生検パンチにて3mmの皮膚全層欠損創を作成した。両群間の創閉鎖率、創部の組織学的所見、real time RT-PCR法によるサイトカイン、ケモカインmRNA発現、白血球分画について解析した。さらに、α-マンナンによるDectin-2刺激が創傷治癒に与える影響について、WTマウスの創部にα-マンナンを投与して、創閉鎖率、組織学的所見、サイトカイン、ケモカインmRNA発現、白血球分画、NETosisや好中球エラスターゼの解析を行った。また、IL-17A欠損マウス、抗Gr-1抗体投与により好中球を除去したWTマウス、好中球エラスターゼ阻害剤を投与したWTマウスにそれぞれα-マンナンを投与して、創閉鎖率への影響を解析した。

【結果】

WTマウスでは創作成12時間をピークにDectin-2 mRNA発現の増加及び創部に集積する細胞にDectin-2陽性所見を認めた。WTマウスに比べDectin-2 KOマウスでは、3、5日目の創閉鎖率が高く、5日目の再上皮化率の増加を認めた。また、Dectin-2 KOマウスでは3、5日目の創部へのマクロファージの集積が増加していた。α-マンナンを投与したWTマウスでは、5日目の創閉鎖率が有意に低下し、3、5日目において創部への好中球の集積が増加していた。また、5日目のNETosisの増加及び好中球エラスターゼ活性の増加を認めた。α-マンナン投与による創閉鎖率への影響は、IL-17A欠損、好中球除去及び好中球エラスターゼ阻害剤の腹腔内投与により改善した。

【結論】

Dectin-2は組織修復に対してはマクロファージの誘導に関わり、創傷治癒過程の進行に関与している可能性が示唆された。α-マンナンが多量に存在する条件下では、Dectin-2を介したシグナル伝達は皮膚創部で好中球性炎症反応を誘導し、好中球エラスターゼ産生やNETosisを促進して真菌に対する感染防御を行なっていることがわかった。皮膚創傷治癒過程において、Dectin-2はDectin-1や他のPRRsと協調して皮膚における真菌の活動性を監視し、感染の状態に応じて創傷治癒と感染防御のバランスを調節する役割を果たしていると考えられる。

マグネシウム合金埋植後初期のMg2+の臓器分布、生物学的安全性に関する研究
東北大学大学院医学系研究科医科学専攻 外科病態学講座形成外科学分野
佐藤 顕光

【背景】

従来の生体内分解性ポリマー素材よりも機械的強度に優れ、体内で完全に分解されるマグネシウム(Mg)合金が理想的な骨接合材の材料として注目を浴びている。諸外国が工業用Mg合金の臨床応用が中心であった中、我々は医療用に特化した均一結晶化した高強度・高延性を持つMg合金の製造に成功し、これまで顔面領域の骨接合材の臨床応用へ向けて研究を進めてきた。
しかしこれまでの研究では、合金の分解率が最も高く、多くのMg2+が溶出される埋植後初期の生体への影響についての検討がなされていない。また先行研究では小さな金属片を埋植するのみで生体適合性を評価しており、実際の臨床での使用方法に即しておらず有益な情報が得られていない。

【研究目的】

本研究の目的は、臨床上想定されるより大きな表面積を持ったMg合金を埋植し、埋植後25時間以内の合金から溶出するMg2+の動態を観察し、生体安全性を明らかにすることである。

【方法】

分解率の異なる二種類のMg亜鉛合金を用いて実験を行なった。まず擬似体液浸漬試験を行い、浸漬後初期にMg合金から溶出されるMg2+量、単位時間あたりの溶出率について調べた。その結果をもとに臨床で想定されるよりも大きなプレート(30 mm×10 mm×1 mm)を作成しラット背部皮下へ埋植した。1時間、5時間、10時間、25時間後(各5匹、計40匹)に屠殺し、血液、尿を含む各臓器の誘導結合プラズマ質量分析計による微量金属測定、主要代謝臓器の血液生化学検査、病理組織学的分析にてコントロール群および二種類のMg合金の差を比較検討した。

【結果】

擬似体液浸漬試験の結果、体液浸漬後30分が最もMg2+の溶出率が高いことがわかった。また分解速度の違いによる合金種の差は25時間まで明らかとならなかった。生体埋植試験の結果では、埋植後1時間群から血中、尿中、金属周囲組織のMg2+濃度の上昇が見られたが、臨床上異常所見は認められず、血中濃度は臨床上正常範囲内であった。合金埋植群では25時間群の大腿骨骨幹部、骨端部で高い値を認めた。血液生化学検査および病理組織学的分析では異常所見を認めなかった。合金周囲組織、尿以外で合金種の差による各臓器のMg2+濃度の動態に差はなかった。

【考察】

Mg合金は酸化被膜や腐食生成物による保護層がない状態である埋植後初期が、単位時間あたりのMg2+の溶出量が最も多くなる。今回の研究から、生体では合金から溶出されたMg2+は合金周囲組織によって素早く取り込まれ、体循環に取り込まれ腎臓から速やかに排泄されることで体内の恒常性が維持されている。また骨組織はMgの貯蔵庫としての役割があり、血中Mg2+濃度の変動に対して早期より関与し、蓄積という形でその恒常性に貢献していることがわかった。そのため腎機能が正常であれば表面積の大きなMg合金を埋植しても生体の安全性は保たれることが本研究より明らかとなった。臨床応用のためには表面積の大きなMg合金が長期的に生体へ与える影響や腎機能低下時のMg2+の動態について今後解明が必要である。

【結論】

腎機能が正常であれば、仮に表面積の大きなMg合金を埋植したとしても、腎臓からの尿排泄と骨への蓄積により体内のMgの恒常性は維持され、埋植初期の生体安全性は保たれることがわかった。本研究の結果はMg合金を医療材料として安全かつ有効に使用する際の基礎的なデータであり、Mg合金が理想的な骨接合材となる可能性を示している。

学位論文(年度別)